潜在意識 〘 元祖1式 〙 人生反転実験してます

潜在意識〘元祖1式〙で、人生反転できるか実験してます。

〘 元祖1式 〙22日目 既にある世界に慣れる

今日は朝から、フラットな気分。

 

既にある世界に居続けるために、

 

暇があれば、既にある世界について書いた文章を、何度も読み返している。

 

 

 

ものすごく高揚するような幸せではないけど、

 

幸せというか、安心感がある。

 

「安全で、幸せが勝手に供給されてくる、幸せデフォルトの世界」

 

「自分が外側のものに力を与えさえしなければ、幸せは普通にやってくる」

 

 

 

今日、元カレさんと食事に出かけてきたよ。

 

とても穏やかな、楽しい時間が過ごせたよ。

 

 

 

以前の私と違ったのは、

 

相手から奪う気持ちが全くなかったこと。

 

『〇〇してくれるはずだ』

 

『好きなら〇〇するはずだ』

 

『よりを戻したい!』

 

・・・という気持ちが、全く湧いてこなかった。

 

あるがままに、相手をみてた。

 

エゴで現実をコントロールしようとしてなかったからだね。

 

 

 

それは、相手を好きじゃなくなったということではなくて、

 

私が、私を幸せにするのは自分であって、その他の何者にもその力を与えない、と決めたから。

 

だから、元カレさんがどんな振る舞いをしようと、

 

私に対して何を言おうと、

 

強いて言うなら、ヨリが戻らなくても、

 

全く関係ないの。

 

 

 

もちろん、その時間や食事はとても楽しんできたけど。

 

さようなら、と別れた後も、

 

『〇〇って言ってくれなかった』とか

 

『〇〇にならなかった』とか、

 

そういうの。全く考えなかったから、苦しまなかった。

 

相手との関係も、なんだか期待もしていないし、

 

でも諦めでも投げやりでもなく、

 

『あぁ、楽しかったね』

 

これだけ。

 

以上!って感じ。

 

それ以上は何も考えず、別のことをしていた。

 

 

 

実際は、

 

久しぶりに会った最初は、私に対してよそよそしく、拒絶感のある冷たい対応をしていた彼だったけど、

 

食事途中から表情が和らいできて、

 

自分で帰ってくれるよう、駅近くのお店を予約したんだと思うんだけど、

 

帰りは車に乗せてくれて、高速を走って私の家まで送ってくれた。

 

そして、あんなに最初は硬かった、拒絶していた態度とは全く違う笑顔で、

 

私に「またね!」と言って、帰っていった。

 

 

 

以前の私なら、「また、ってどういうこと!? 期待していいの!?」とかなってたと思うんだけど、

 

本当に心穏やかに、『あぁ、楽しかった』としか思ってないの。

 

それについて、何の思考も働かせずにいる感じ。

 

 

 

 

私、ものすごく重要なことを学んだよ。

 

落ち込んだり、焦ったり、苦しんでいるときは、

 

まず間違いなく「エゴ」が既にある世界を曇らせている時で、

 

元祖1式で気づくたびに停止もしくは消して忘れたらいい。

 

 

 

そしてもうひとつ大切なことがあるの。

 

自分を幸せにできるのは、その力を持っているのは、自分だけだ、ということ。

 

 

 

自分が、感情に飲まれたり、苦しんだり、病んでしまったとき。

 

それは「自分を傷つけたことの罪を、他人になすりつけている時」なんだってこと。

 

他人は自分を傷つけたかもしれない。

 

だけど、本当は誰も私を傷つけたりはできないの。

 

それが可能な時は、ただひとつ。

 

自分が自分に、外側のものに傷つけられることを許したとき。

 

要は、自分が自分を傷つけてるってこと。

 

それを、他人のせいにしようとしてるってこと。

 

つまり、「他人や外側のものに傷つけられた」と主張するとき、

 

自分が、外側のものに力を与えている、ということに気づかなければいけない。

 

 

 

幸せデフォルトの世界から一歩も外には出ていない。

 

自分の内側だけが真実であり、本物。

 

現実を創造する力も、自分の中にある。

 

それが真実。

 

そしたら、「傷つけられた」という現実も、自分が創った。

 

それは " 過去に " という意味でもそうなんだけど、

 

まず、まさに " たった今 " 、自分が「傷つけられた」という現実を創ってる、ということ。

 

 

 

この、本来は幸せな世界にいて、何でも創造することができるのに、

 

なぜわざわざ「傷つけられた私」を創りたいのかな。

 

生い立ちが・・・、トラウマが・・・、いや実際にひどいことされた!

 

色々思い浮かぶと思うけど、

 

でも真実は違う。

 

「私が不幸なのは、他人がひどいことをするからだ!」

 

って言いたいのね、本心は。

 

 

 

外側のなににも影響される必要がないし、それを選べるのに、

 

今すぐ幸せになってもいいのに、それをしないのは、

 

自分の幸せを自分で作る力がないと信じているからだし、

 

自分は外側のものに翻弄される自分だって、自分のことを蔑んでいるから。

 

 

 

それは、悲しいけど、立派な被害者意識のあらわれなんだ。

 

 

 

自分以外の、外側の何ものにも、絶対に力を与えないこと。

 

力=自分を幸せにしたり、不幸にしたりする力のこと。

 

その力を持っているのは、たった一人、自分なんだということを、

 

何度も心に刻んでおかなくちゃ。

 

 

 

私は今、そうして一度自分に力を取り戻してから、

 

他人にその力を絶対に明け渡さない!・・・ことを頑張っている。

 

 

 

 

 

元カレさんと食事に行く前日まで、

 

何度も不安になったり、逃げだしたくなったりした。

 

だって、エゴが、

 

「会ったらあなたを見て、彼はきっと " 別れてよかった " と思うよ」とか、

 

「そもそもお情けで会ってくれるだけで、今頃会う約束をしたことを後悔してるよ」とか、

 

「ただの遊びの相手にしてやろう、と思ってるんだよ。期待すんな」とか、

 

私を何度も何度も怯えさせるから、恐くて苦しかったの。

 

だけどそのたびに、

 

 

 

私を幸せにできるのは私だけ。外側の全ては私を傷つけることはできない。

 

それができるときはただ一つ。私がそれを許した時だけ。

 

 

 

そう思って踏ん張った。

 

そうやってエゴを突っぱねる努力をした。

 

元祖1式でいうところの、思考停止、を何度もしていた。

 

その土台はいつも、

 

私は幸せが勝手に供給される世界にいる。

 

私が不幸になるときは、エゴや外側のものに力を与えている時だけ。

 

この信念。

 

頑張っていたら、楽になった。

 

自分に力があることを、信じられるようになったから。

 

 

 

フラフラっとエゴに寄って行ってしまう瞬間はあるけど、

 

それに気づいて、信念を貫いてる。

 

エゴ(思考・感情)に気づくポイントは、自分が苦しいかどうか。

 

重い気分になったり、悲しくなったりした瞬間、

 

自分がエゴに迎合していて、エゴに力を与えていることに気づく。

 

 

 

自分に力がちゃんとある・・・と自分の心のポジションを定めることに慣れてきました。

 

自分の「ここ!」って感じがつかめてきました。

 

何事も実践あるのみなんだと思う。

 

理解するだけではなく、実践を怖がってはいけない。

 

これからも頑張っていきます!